地中海沿岸から遺跡を眺めてみる週末(ペルゲ編)
- 2009-05-06(05:00) /
- トルコで遺跡
ひと月ほど前、アンタルヤの若さはじける素敵なデートコースをご紹介させて頂きましたが、
「ボーリングはちょっと・・・。」
「ゴーカートはちょっと・・・。」
というあなた、そして、「存分に遺跡とあいまみれたい」という遺跡ファンの皆様に朗報です!
歴史書を紐解くこと紀元前の・・・
地中海沿岸で栄華を誇った古代都市に思いを馳せつつ・・・
「週末は遺跡と戯れよう!」
という事で・・・、

1日目は、アンタルヤから東に15kmほどの所にある「Perge(ペルゲ)遺跡」をご紹介します。
******************************************************

ペルゲの正門。
紀元前12世紀に、北アナトリアから移住してきたギリシャ人によって建設されたと言われているペルゲは、ローマ帝国時代に栄えた植民地、Pamphylia(パムフィリア=部族の地を意味する)の都市。古代では「ペルガ」と呼ばれていたそう。
パムフィリアは、ヒッタイト帝国(王国)に属し、やがてその主要都市として、ペルゲ、アスペンドス、スィデなどが発展するようになります。
スィデやペルゲなどの貿易港を携えるパムフィリアは、紀元前7世紀頃には、ギリシャ人との貿易を軸に発展しますが、紀元前546年のペルシア人による支配に続き、紀元前333年には、アレキサンダー大王によって支配されました。
紀元前188年にローマ帝国領となり、現在残る遺跡のほとんどが、この時代からのものだそうです。
(★参考:Perga-Wikipedia / Livius-Pamphylia)
なるほど・・・。
それでは、どちら様もご用意よろしいでしょうか?

以降、このような衣装の気分でお楽しみ下さいませ。

大分崩れてしまってますが、ペルゲのシンボル的存在のヘレニズム・ゲート。
ヘレニズムゲートを右方向に進むと・・・、

町の中心部、アゴラ(広場)。

アゴラにあった石には、くっきりとした紋様が残されていました。

アゴラの周辺には、商店の跡が。何を売っていたのでしょうねー。

イオニア式の柱が立ち並びます。
ちなみに、イオニア式柱とは?

柱頭の左右に、写真のような渦巻状の紋様がつくのが、特徴とされているようです。一部だけど、くっきり残ってます。
ヘレニズムゲートを背に、まっすぐアクロポリスの丘に向かってのびているのは・・・、

メインストリートと・・・、

道の中心には水路が通っていました。
ちなみに、メインストリートには、お土産を売っている人達がちらほら・・・。村からやってきた風なトルコ人達です。

丘に向かって、売れ残りをかついで帰路につくキョイル(村出)のおばちゃん。藪をかきわけて消えていったおばちゃんもいましたが、一体どこに帰っていったのか・・・。
丘の麓までやってきました。

川の女神を祀った水源を作り、そこからメインストリートの水路に、市民の生活用水を流していたようです。しかし女神のく、首が・・・!
※女神様の首は、アンタルヤ市内の考古学博物館に展示されているそうです。
ヘレニズムゲートの左方向には・・・、

南のローマ浴場跡。(北にもあるようですが、見逃しました。)
それにしても、ローマ時代の遺跡には必ずといっていいほど、古代劇場跡、そして浴場があります。ローマ人は、エンタメ&お風呂好きだったのでしょうか・・。
「今日はゆっくり湯船にでも浸かりたいな・・・。」
と考えつつ、帰路についたアサコサルなのでしたー。
(「家にシャワーしかないんだったっけ・・・。」と、現実に打ちひしがれながら、帰路についたアサコサルなのでしたー。)
1日目、完。
→地中海沿岸を西へ西へ、遺跡を求める旅、次回へ続きますよ。
←完全に遅れてきたガングロです。(かっこよく言えば、地中海焼け。)
←柄にもなく、歴史を一生懸命勉強してみたasakosaruに愛の手を。
「ボーリングはちょっと・・・。」
「ゴーカートはちょっと・・・。」
というあなた、そして、「存分に遺跡とあいまみれたい」という遺跡ファンの皆様に朗報です!
歴史書を紐解くこと紀元前の・・・
地中海沿岸で栄華を誇った古代都市に思いを馳せつつ・・・
「週末は遺跡と戯れよう!」
という事で・・・、

1日目は、アンタルヤから東に15kmほどの所にある「Perge(ペルゲ)遺跡」をご紹介します。
******************************************************

ペルゲの正門。
紀元前12世紀に、北アナトリアから移住してきたギリシャ人によって建設されたと言われているペルゲは、ローマ帝国時代に栄えた植民地、Pamphylia(パムフィリア=部族の地を意味する)の都市。古代では「ペルガ」と呼ばれていたそう。
パムフィリアは、ヒッタイト帝国(王国)に属し、やがてその主要都市として、ペルゲ、アスペンドス、スィデなどが発展するようになります。
スィデやペルゲなどの貿易港を携えるパムフィリアは、紀元前7世紀頃には、ギリシャ人との貿易を軸に発展しますが、紀元前546年のペルシア人による支配に続き、紀元前333年には、アレキサンダー大王によって支配されました。
紀元前188年にローマ帝国領となり、現在残る遺跡のほとんどが、この時代からのものだそうです。
(★参考:Perga-Wikipedia / Livius-Pamphylia)
なるほど・・・。
それでは、どちら様もご用意よろしいでしょうか?

以降、このような衣装の気分でお楽しみ下さいませ。

大分崩れてしまってますが、ペルゲのシンボル的存在のヘレニズム・ゲート。
ヘレニズムゲートを右方向に進むと・・・、

町の中心部、アゴラ(広場)。

アゴラにあった石には、くっきりとした紋様が残されていました。

アゴラの周辺には、商店の跡が。何を売っていたのでしょうねー。

イオニア式の柱が立ち並びます。
ちなみに、イオニア式柱とは?

柱頭の左右に、写真のような渦巻状の紋様がつくのが、特徴とされているようです。一部だけど、くっきり残ってます。
ヘレニズムゲートを背に、まっすぐアクロポリスの丘に向かってのびているのは・・・、

メインストリートと・・・、

道の中心には水路が通っていました。
ちなみに、メインストリートには、お土産を売っている人達がちらほら・・・。村からやってきた風なトルコ人達です。

丘に向かって、売れ残りをかついで帰路につくキョイル(村出)のおばちゃん。藪をかきわけて消えていったおばちゃんもいましたが、一体どこに帰っていったのか・・・。
丘の麓までやってきました。

川の女神を祀った水源を作り、そこからメインストリートの水路に、市民の生活用水を流していたようです。しかし女神のく、首が・・・!
※女神様の首は、アンタルヤ市内の考古学博物館に展示されているそうです。
ヘレニズムゲートの左方向には・・・、

南のローマ浴場跡。(北にもあるようですが、見逃しました。)
それにしても、ローマ時代の遺跡には必ずといっていいほど、古代劇場跡、そして浴場があります。ローマ人は、エンタメ&お風呂好きだったのでしょうか・・。
「今日はゆっくり湯船にでも浸かりたいな・・・。」
と考えつつ、帰路についたアサコサルなのでしたー。
(「家にシャワーしかないんだったっけ・・・。」と、現実に打ちひしがれながら、帰路についたアサコサルなのでしたー。)
1日目、完。
→地中海沿岸を西へ西へ、遺跡を求める旅、次回へ続きますよ。
←完全に遅れてきたガングロです。(かっこよく言えば、地中海焼け。)行ったつもりで書く日記(ドバイ編)
- 2009-04-30(02:08) /
- ドバイってこんな都市
もうすっかり自分が行った気で綴る日記シリーズ!
↓
★イラン編
★インド・前編
★インド・後編
※クマ(ダンナ)が行っておりますので、綴られている内容は、嘘偽りのない、完璧なノンフィクションです。
書いてるうちに、「マジで行ってなかったっけ?」と、錯覚すら起こしつつあるasakosaruがお届けしております、「行ったつもりシリーズ」。第3弾は、砂漠に出現した魅惑の都市、ドバイです。

中東のメトロポリス、ドバイ。
漁業や真珠の輸出を産業の主とする小さな漁村だったこの地に、アブダビの首長ナヒヤーン家と同じバニー=ヤース部族のマクトゥーム家が、1830年代にアブダビから移住。これに伴ってドバイ首長国が建国され、ここに今に至るドバイの歴史が始まりの時を迎えた。1853年に他の首長国と同時に英国の保護国となる。
(Wikipediaより参照。)
20世紀に入り、周辺地域との自由貿易政策により、中継貿易港としての発展を遂げるドバイは、1966年の海底油田の発見により、近代化がより一層推進されることとなります。
しかし1970年代以降、原油依存経済からの脱却への取り組みと共に、産業の多角化を進め、国外資本や外国企業の進出を受け、後、数十年あまりの期間に、現在のようなメトロポリスへと発展を遂げたドバイ。

「中東のシンガポール」と呼ばれることもあるそうです。

現在建設中のブルジュ・ドバイ。人類史上、最も高い建造物となっているそうです。
内装はジョルジオ・アルマーニが担当し、1-37階はアルマーニホテルが占めるそうで、アルマーニってホテルもやっとるの?と、一人「へぇ」を連発するアサコサル。平民の名を欲しいがままにして3○年。
ところで。
ドバイの住民の90%は外国人。インドやパキスタンなど、南アジアからの出稼ぎ労働者が、そのほとんどを占めているそうです。
インドと言えば、2月に初めてその地を訪れ、その文化にえらく影響を受けた男、クマ。ドバイでもチャンスは逃しません。

ホテルでパーティーに参加していた可愛らしいインド人の二人。(インドの文化とか関係ないけど。)
人口の1、2割を占める首長国出身のアラブ人には、政府から補助金なども支給されているのだとか。とにかく、桁違いにリッチなのだそうです。

クマの働く企業が参加したビジネスフェアに来ていたアラブ人の皆様。風格があります。

ビジネスシーンもエキゾティックです。
街中ショットに戻ります。

青空に向かって伸びるミナーレ(尖塔)が美しいモスク(イスラム教寺院)。

海上に作られた人工島に位置する、★7つの最高級ホテル、ブルジュ・アル・アラブ。

都会ですねー。
あー、もうすっかりドバイ上陸を果たした気分です。(脳内で。)
いや、実を言えば、上陸したことあるんですけども。(空港に。)
いつか出たいな、空港の外へ!(乗り継ぎ専門。)
<本日のおまけ>

ドバイ在住のトルコ人コラムニスト、アイシェ・アルマンさんと、偶然同機に乗り合わせたクマ。酔っ払いついでに、「写真撮ってもいいですか?」とぶしつけなお願いをしたにも関わらず、「ならば一緒に撮りましょうか?」と快く記念撮影に応じてくれたそうです。これからはちゃんと読みますね!ヒュリエット紙。
←行ったつもり、3カ国目。(イラン、インドに続きまして。)
←あなたの清きひとポチをよろしくお願い致します。
↓
★イラン編
★インド・前編
★インド・後編
※クマ(ダンナ)が行っておりますので、綴られている内容は、嘘偽りのない、完璧なノンフィクションです。
書いてるうちに、「マジで行ってなかったっけ?」と、錯覚すら起こしつつあるasakosaruがお届けしております、「行ったつもりシリーズ」。第3弾は、砂漠に出現した魅惑の都市、ドバイです。

中東のメトロポリス、ドバイ。
漁業や真珠の輸出を産業の主とする小さな漁村だったこの地に、アブダビの首長ナヒヤーン家と同じバニー=ヤース部族のマクトゥーム家が、1830年代にアブダビから移住。これに伴ってドバイ首長国が建国され、ここに今に至るドバイの歴史が始まりの時を迎えた。1853年に他の首長国と同時に英国の保護国となる。
(Wikipediaより参照。)
20世紀に入り、周辺地域との自由貿易政策により、中継貿易港としての発展を遂げるドバイは、1966年の海底油田の発見により、近代化がより一層推進されることとなります。
しかし1970年代以降、原油依存経済からの脱却への取り組みと共に、産業の多角化を進め、国外資本や外国企業の進出を受け、後、数十年あまりの期間に、現在のようなメトロポリスへと発展を遂げたドバイ。

「中東のシンガポール」と呼ばれることもあるそうです。

現在建設中のブルジュ・ドバイ。人類史上、最も高い建造物となっているそうです。
内装はジョルジオ・アルマーニが担当し、1-37階はアルマーニホテルが占めるそうで、アルマーニってホテルもやっとるの?と、一人「へぇ」を連発するアサコサル。平民の名を欲しいがままにして3○年。
ところで。
ドバイの住民の90%は外国人。インドやパキスタンなど、南アジアからの出稼ぎ労働者が、そのほとんどを占めているそうです。
インドと言えば、2月に初めてその地を訪れ、その文化にえらく影響を受けた男、クマ。ドバイでもチャンスは逃しません。

ホテルでパーティーに参加していた可愛らしいインド人の二人。(インドの文化とか関係ないけど。)
人口の1、2割を占める首長国出身のアラブ人には、政府から補助金なども支給されているのだとか。とにかく、桁違いにリッチなのだそうです。

クマの働く企業が参加したビジネスフェアに来ていたアラブ人の皆様。風格があります。

ビジネスシーンもエキゾティックです。
街中ショットに戻ります。

青空に向かって伸びるミナーレ(尖塔)が美しいモスク(イスラム教寺院)。

海上に作られた人工島に位置する、★7つの最高級ホテル、ブルジュ・アル・アラブ。

都会ですねー。
あー、もうすっかりドバイ上陸を果たした気分です。(脳内で。)
いや、実を言えば、上陸したことあるんですけども。(空港に。)
いつか出たいな、空港の外へ!(乗り継ぎ専門。)
<本日のおまけ>

ドバイ在住のトルコ人コラムニスト、アイシェ・アルマンさんと、偶然同機に乗り合わせたクマ。酔っ払いついでに、「写真撮ってもいいですか?」とぶしつけなお願いをしたにも関わらず、「ならば一緒に撮りましょうか?」と快く記念撮影に応じてくれたそうです。これからはちゃんと読みますね!ヒュリエット紙。
←行ったつもり、3カ国目。(イラン、インドに続きまして。)私を遺跡に連れてって♪
- 2009-04-20(00:07) /
- トルコで遺跡
心躍る週末が再びやって参りました!
太陽サンサン、音楽ガンガン、ビールガブガブの週末がやって参りました!
という事で、2009年の週末ショートトリップ第2弾は、「Side(スィデ)」です。
※1: お暇でしたら、第一弾・サクルケントも見てね!
※2: 約1年前にもSideについて書いております。見てね!
ちなみに、スィデとは??
紀元前7世紀頃に、ギリシャ人の定住によって形成された貿易港都市で、ローマ時代の1、2世紀頃までにはアナトリア(小アジア。現在のトルコ領土のアジア側部分を示す。)の重要な商業都市として繁栄し、現在残る遺跡の大部分は、その時代からのものだそうです。
と、1年前に書いたものを、まるまるっとコピーしつつ・・・。
サル夫婦にとっては、週末婚を過ごした思ひ出のスィデ。たまにふらっと行きたくなる場所なのです。抜けるような青空に恵まれた週末、スィデをプラっと歩いてみます。



ローマ門をくぐって、岬にあるアポロ&アテナ神殿を目指します。
岬に向かう真っ直ぐな道には、ぎっしりと店が立ち並んでいます。古代ローマ時代には、どのような町並みを見せていたのだろう・・・、どんないでたちの人達が、どんな風に生活していたのだろう・・・、と古代に思いを馳せ・・・


皆さん、結構商売熱心だったりします。
づらかったりもしますが・・・。
(色んなおみやげ、勧めてもらえますよー。)
派手なTシャツやら、宝石やらなんやら横目に見つつ・・・、

海辺の広場に着きました。そこを左方面に海に沿って歩きます。
すると・・・、

目の前に、この風景が広がった瞬間が好きなのです。

アポロ・アテナ神殿を海をバックに。手前にゴッド・アサコサル(174cm)がおりますが、神殿がどれくらい大きいか、ご確認頂けると思います。

観光客も、こぞって写真撮影に勤しみます。

もういっちょ、別のアングルから。(手前に妙なポーズを決めるクマが写ってますが、ご勘弁をば。)
ものすごい勢いで、大写真撮影大会を繰り広げるサル夫婦に、「お二人一緒に撮りましょうか?」と優しきお声をかけてくれた、ドイツ人の老夫婦。

後ろから盗み撮りですみません。
年をとっても、こうやって二人で旅行が楽しめるような、チャーミーグリーンな夫婦でありたいと思います!
(↑例えが古いよね。)
とかなんとか言いつつ、本日も・・・、

いただきます。(毎度すみません。)
カフェで至福のひと時を過ごしておりましたら、足元で何かがモゾモゾしてるじゃないですか。

ワンコ、隙を見せすぎ。
しかもこの表情。魅惑のスィデ。ワンコをもリラックスさせてしまうようです。
ところで。
外国人在住者の多いスィデには、高級ヴィラが軒を連ねています。


老後はここを買います。(宝くじが当たったらな。)
知り合いのイギリス人宅にお邪魔してみましたが、どこもかしこもプール開き。
(てか、どこもかしこもプール付き。どんだけー。)
まー、いいんです、いいんです、プールなんかなくっても。だって、海があるじゃないか!

すっかりサマーな感じですけど、今日は4月12日です。
泳ぎこそしませんでしたが・・・、

もうどんだけ、チャーミーグリーン?
というわけで、本日はチャーミーな感じで終わりたいと思います。ありがとうございました。
(洗剤かビールのCMはサル夫婦におまかせ下さい。)
←スィデ、何回行ってもいい所です。
←毎度ありがとうございます。
太陽サンサン、音楽ガンガン、ビールガブガブの週末がやって参りました!
という事で、2009年の週末ショートトリップ第2弾は、「Side(スィデ)」です。
※1: お暇でしたら、第一弾・サクルケントも見てね!
※2: 約1年前にもSideについて書いております。見てね!
ちなみに、スィデとは??
紀元前7世紀頃に、ギリシャ人の定住によって形成された貿易港都市で、ローマ時代の1、2世紀頃までにはアナトリア(小アジア。現在のトルコ領土のアジア側部分を示す。)の重要な商業都市として繁栄し、現在残る遺跡の大部分は、その時代からのものだそうです。
と、1年前に書いたものを、まるまるっとコピーしつつ・・・。
サル夫婦にとっては、週末婚を過ごした思ひ出のスィデ。たまにふらっと行きたくなる場所なのです。抜けるような青空に恵まれた週末、スィデをプラっと歩いてみます。



ローマ門をくぐって、岬にあるアポロ&アテナ神殿を目指します。
岬に向かう真っ直ぐな道には、ぎっしりと店が立ち並んでいます。古代ローマ時代には、どのような町並みを見せていたのだろう・・・、どんないでたちの人達が、どんな風に生活していたのだろう・・・、と古代に思いを馳せ・・・


皆さん、結構商売熱心だったりします。
づらかったりもしますが・・・。
(色んなおみやげ、勧めてもらえますよー。)
派手なTシャツやら、宝石やらなんやら横目に見つつ・・・、

海辺の広場に着きました。そこを左方面に海に沿って歩きます。
すると・・・、

目の前に、この風景が広がった瞬間が好きなのです。

アポロ・アテナ神殿を海をバックに。手前にゴッド・アサコサル(174cm)がおりますが、神殿がどれくらい大きいか、ご確認頂けると思います。

観光客も、こぞって写真撮影に勤しみます。

もういっちょ、別のアングルから。(手前に妙なポーズを決めるクマが写ってますが、ご勘弁をば。)
ものすごい勢いで、大写真撮影大会を繰り広げるサル夫婦に、「お二人一緒に撮りましょうか?」と優しきお声をかけてくれた、ドイツ人の老夫婦。

後ろから盗み撮りですみません。
年をとっても、こうやって二人で旅行が楽しめるような、チャーミーグリーンな夫婦でありたいと思います!
(↑例えが古いよね。)
とかなんとか言いつつ、本日も・・・、

いただきます。(毎度すみません。)
カフェで至福のひと時を過ごしておりましたら、足元で何かがモゾモゾしてるじゃないですか。

ワンコ、隙を見せすぎ。
しかもこの表情。魅惑のスィデ。ワンコをもリラックスさせてしまうようです。
ところで。
外国人在住者の多いスィデには、高級ヴィラが軒を連ねています。


老後はここを買います。(宝くじが当たったらな。)
知り合いのイギリス人宅にお邪魔してみましたが、どこもかしこもプール開き。
(てか、どこもかしこもプール付き。どんだけー。)
まー、いいんです、いいんです、プールなんかなくっても。だって、海があるじゃないか!

すっかりサマーな感じですけど、今日は4月12日です。
泳ぎこそしませんでしたが・・・、

もうどんだけ、チャーミーグリーン?
というわけで、本日はチャーミーな感じで終わりたいと思います。ありがとうございました。
(洗剤かビールのCMはサル夫婦におまかせ下さい。)
←スィデ、何回行ってもいい所です。アンタルヤでデートっぽい事をしてみる日記
- 2009-04-11(16:53) /
- アンタルヤで遊ぶ
全世界のマンネリデートコースに悩める皆様、こんにちは。
本日は、アンタルヤデートコース開発協会アドバイザーの肩書きを持つアサコサルが、とっておきのデートコースをご紹介。
まずは、軽く汗を流しつつ、彼氏のハートにストライク!


誰ですか?いきなりマンネリっぽいとか言ってる人は。
やはりデートの王道、「ボーリング」からスタート。ボーリングはある意味、「恋のテスト」なのです。
彼の「へたれっぷり」を受け入れられたら、それはもう正真正銘の恋。

投げた瞬間すでに、ボールがレーンから消えてる・・・。
まー、相方が勝つなんて100万年早いわ!っちゅう事で、お次へ・・・。

Go!Go!ゴーカート。
子供のようにはしゃぐ彼の姿に、あなたのハートはわしづかみにされる事うけあいです。

まー、少しは相方にも花を持たせてやって、お次へ・・・。

海の見えるカフェにやって来ました。
やはりデートの王道、「海の見えるカフェで愛の語らい」ははずせないでしょう。
そして、こちらはもっとはずせないでしょう。

ほろ酔い加減がいい感じのあなたに、彼のハートはわしづかみでしょう。
まー、何本飲んでもほろ酔いにすらならないアサコサルには、相方もお手上げっちゅう事で・・・。

こちらも、仲良く日向ぼっこ。
アサコサル推奨、アンタルヤデートコース、いかがでしたでしょうか?
今週末は、あなたもアンタルヤでのデートを楽しんでみませんか?
(※日本からだと、イスタンブル直行約12時間+アンタルヤへ乗り継いで約45分、おおよそたったの13時間でアンタルヤ入りです!近い近い!)
←デートが無理ならハネムーンにいかが?
←いつもありがとうございます。
本日は、アンタルヤデートコース開発協会アドバイザーの肩書きを持つアサコサルが、とっておきのデートコースをご紹介。
まずは、軽く汗を流しつつ、彼氏のハートにストライク!


誰ですか?いきなりマンネリっぽいとか言ってる人は。
やはりデートの王道、「ボーリング」からスタート。ボーリングはある意味、「恋のテスト」なのです。
彼の「へたれっぷり」を受け入れられたら、それはもう正真正銘の恋。

投げた瞬間すでに、ボールがレーンから消えてる・・・。
まー、相方が勝つなんて100万年早いわ!っちゅう事で、お次へ・・・。

Go!Go!ゴーカート。
子供のようにはしゃぐ彼の姿に、あなたのハートはわしづかみにされる事うけあいです。

まー、少しは相方にも花を持たせてやって、お次へ・・・。

海の見えるカフェにやって来ました。
やはりデートの王道、「海の見えるカフェで愛の語らい」ははずせないでしょう。
そして、こちらはもっとはずせないでしょう。

ほろ酔い加減がいい感じのあなたに、彼のハートはわしづかみでしょう。
まー、何本飲んでもほろ酔いにすらならないアサコサルには、相方もお手上げっちゅう事で・・・。

こちらも、仲良く日向ぼっこ。
アサコサル推奨、アンタルヤデートコース、いかがでしたでしょうか?
今週末は、あなたもアンタルヤでのデートを楽しんでみませんか?
(※日本からだと、イスタンブル直行約12時間+アンタルヤへ乗り継いで約45分、おおよそたったの13時間でアンタルヤ入りです!近い近い!)
←デートが無理ならハネムーンにいかが?アサコサルと歩くカレイチ(旧市街)-パート2
- 2009-04-03(22:00) /
- アンタルヤで遊ぶ
書く時は書くんです。(異例のスピードで更新中。)
↓
アサコサルと歩くカレイチ-パート1
本日は後半戦をお届けします。

ヤットリマヌ(ヨットハーバー)までやって来ました。
ヤットリマヌと言えば、約1年前・・・、
「こんなクルージングも楽しんだっけ・・・。」
と思わず、思ひ出に浸ります。

漁船でクルージングがオツなんです。

防波堤にはいつも若者がいっぱい。
サル夫婦恋人時代には、よくこの防波堤で沈む太陽を眺めつつ、ビール缶を握りしめながら、甘酸っぱい思いを語りあったものでした・・・。
「トルコジンガ、ジャポンジャポンッテウルサイー!」
「トルコジンガ、ガンミスルーー!」
「トルコジンウザイーーーー!」
(※トルコ人の日本人への興味は尽きることを知らない・・・。)
と、アサコサルのほとばしる思いの丈を打ち明けたものでした・・・。あー青春。
(甘酸っぱくないやん。)
そんな思ひ出のヨットハーバーを見渡せるカフェでひと休み。(休みすぎですか?)

たそがれたい・・・。

結構ちゃんと「クルージング」な船も泊まってるんです。

すでに海開きしてるおじさまを発見。
イラン人観光客でごった返しのヨットハーバーを後にし、心臓破りの階段を上り、メインストリートに戻ります。
(※3月末はネヴルースという春を祝うお祭りがあり、イランから長期休暇を利用して遊びにくる観光客が増えるのであります。)

アンタルヤの中心・共和国広場。
真ん中の銅像によじ登って、記念撮影などいかがでしょうか?
(まぁ、大体そんなことするのは子供かアサコサル。←本当にやりました。)

トラムがやってきました。この辺りは、カレイチ同様、昨年からのアンタルヤ美化政策で整備され、とってもキレイになりました。

夜になると、噴水がカラフルなネオンに照らされて、結構ロマンティックだったりします。

アンタルヤのランドマーク的存在・イヴリミナーレ。

街のセンター、そしてヨットハーバーに下る道の入り口にある時計塔。
そして最後に・・・

ご注目頂きたいのは、白い建物のすぐ手前にある電線のようなもの。(←見えづれー。)
この4月から、アンタルヤにもHafif Metro(メトロもどき?)が開通し、すでに運転開始されているらしい?のですが、残念ながらまだ見かけておりません・・・。
アンタルヤは、イスタンブル、アンカラ、イズミルといった大都市に比べると、規模の小さい街ですし、何気にこれまでの慣れ親しんだ、トラム、ミニバス、バスといった交通手段を引き続き利用する市民が大半なのでは?と思ったり・・・。しかし、メトロはオトガル(長距離バスターミナル)方面にも通じており、シティセンターに出る為の手段が増えたという点では、便利になったといえるでしょう。
しかしながら、空港方面には全く関係のないルートをとるメトロ。元々外国人観光客の多いアンタルヤ、空港からの足としても利用しやすいように、空港方面にまで伸ばすべきだったのでは?とも思う今日この頃・・・。
というわけで、アサコサルと歩く、アンタルヤ・カレイチ散策日記、これにてお終い。お疲れサマでした。

夕暮れ時のアンタルヤは本当に美しい。(今日はギャグも浮かびません。)
←アンタルヤで散策を楽しめる期間は短いのです。(結構すぐに灼熱地獄。)
←あなたの一票がアサコサルを救う。
↓
アサコサルと歩くカレイチ-パート1
本日は後半戦をお届けします。

ヤットリマヌ(ヨットハーバー)までやって来ました。
ヤットリマヌと言えば、約1年前・・・、
「こんなクルージングも楽しんだっけ・・・。」
と思わず、思ひ出に浸ります。

漁船でクルージングがオツなんです。

防波堤にはいつも若者がいっぱい。
サル夫婦恋人時代には、よくこの防波堤で沈む太陽を眺めつつ、ビール缶を握りしめながら、甘酸っぱい思いを語りあったものでした・・・。
「トルコジンガ、ジャポンジャポンッテウルサイー!」
「トルコジンガ、ガンミスルーー!」
「トルコジンウザイーーーー!」
(※トルコ人の日本人への興味は尽きることを知らない・・・。)
と、アサコサルのほとばしる思いの丈を打ち明けたものでした・・・。あー青春。
(甘酸っぱくないやん。)
そんな思ひ出のヨットハーバーを見渡せるカフェでひと休み。(休みすぎですか?)

たそがれたい・・・。

結構ちゃんと「クルージング」な船も泊まってるんです。

すでに海開きしてるおじさまを発見。
イラン人観光客でごった返しのヨットハーバーを後にし、心臓破りの階段を上り、メインストリートに戻ります。
(※3月末はネヴルースという春を祝うお祭りがあり、イランから長期休暇を利用して遊びにくる観光客が増えるのであります。)

アンタルヤの中心・共和国広場。
真ん中の銅像によじ登って、記念撮影などいかがでしょうか?
(まぁ、大体そんなことするのは子供かアサコサル。←本当にやりました。)

トラムがやってきました。この辺りは、カレイチ同様、昨年からのアンタルヤ美化政策で整備され、とってもキレイになりました。

夜になると、噴水がカラフルなネオンに照らされて、結構ロマンティックだったりします。

アンタルヤのランドマーク的存在・イヴリミナーレ。

街のセンター、そしてヨットハーバーに下る道の入り口にある時計塔。
そして最後に・・・

ご注目頂きたいのは、白い建物のすぐ手前にある電線のようなもの。(←見えづれー。)
この4月から、アンタルヤにもHafif Metro(メトロもどき?)が開通し、すでに運転開始されているらしい?のですが、残念ながらまだ見かけておりません・・・。
アンタルヤは、イスタンブル、アンカラ、イズミルといった大都市に比べると、規模の小さい街ですし、何気にこれまでの慣れ親しんだ、トラム、ミニバス、バスといった交通手段を引き続き利用する市民が大半なのでは?と思ったり・・・。しかし、メトロはオトガル(長距離バスターミナル)方面にも通じており、シティセンターに出る為の手段が増えたという点では、便利になったといえるでしょう。
しかしながら、空港方面には全く関係のないルートをとるメトロ。元々外国人観光客の多いアンタルヤ、空港からの足としても利用しやすいように、空港方面にまで伸ばすべきだったのでは?とも思う今日この頃・・・。
というわけで、アサコサルと歩く、アンタルヤ・カレイチ散策日記、これにてお終い。お疲れサマでした。

夕暮れ時のアンタルヤは本当に美しい。(今日はギャグも浮かびません。)
←アンタルヤで散策を楽しめる期間は短いのです。(結構すぐに灼熱地獄。)



